他人と話すとき、うちの豆柴ハチのことを「うちの子」と呼んでいる。
夫婦どちらかが先に言い始めたわけでもない。気づいたら二人とも自然にそう呼んでいた。
ボイシ州立大学のVolsche(2021)が、917人のペットオーナーを対象に調査をしている(原典はこちら)。それによると、64.8%が自分のことを「パパ」「ママ」と呼んでいるらしい。日本でもだいたい同じ感覚じゃないだろうか。
ざっくり言うと、子なしのペットオーナーは愛着スコアもケア行動も、子どもがいるペットオーナーより統計的に高い。
つまり「うちの子」と呼ぶのは親バカなんじゃなくて、人間の養育本能(誰かを世話したい・守りたいという本能)として正しい反応だったという話。
65%が「パパ」「ママ」を自称している
この研究で一番面白かったのは、ペットオーナーの呼称が場面でガラッと変わるところだ。
友人や家族との会話では、64.8%が自分を「パパ」「ママ」と名乗る。ペットを「子ども」と呼ぶ人が22.6%、「家族」と呼ぶ人が15.4%。
つまり友人の前ではほとんどの人が「うちの子がさ〜」モードになっている。
ところが職場や初対面の相手になると、52.7%が「オーナー」に切り替わる。
デカ太郎「会社の人には『うちの犬が』って言うのに、友達には『うちの子がさ〜』って言ってるわ」



「私もそう。無意識に使い分けてるよね」
この切り替え、研究でもちゃんとデータとして出ている。
人はペットとの関係性を「場の空気」に合わせて翻訳しているのだ。友人の前では素直に「うちの子」、職場では社会的に無難な「飼っている犬」。やっていることは同じなのに、呼び方だけが変わる。
「親バカ」じゃなくて「養育本能」だった
研究のもう一つの発見が、子どものいないペットオーナーの愛着スコアの高さだ。
研究で測定されたのは、こんな項目だ。
- どれくらい愛着を感じているか
- どれくらい「家族の一員」として扱っているか
- 感情にどれくらい反応しているか
- 日常のケアにどれくらい気を配っているか
この4つすべてで、子なしペットオーナーが子どもがいるペットオーナーより有意に高いスコアを記録している。
これを聞いて「だから子なしはペットに依存している」と読む人もいるかもしれない。でも研究者の解釈は違う。人間にはもともと養育本能があって、その対象がペットに向かうのはごく自然なことだという。



「誕生日祝うし、服も買うし、寝顔は撮る。でもこれ普通だよね?」



「普通だと思う。うちだけじゃないでしょ」
「普通」。そう、僕たちは本気でそう思っている。
ハチの誕生日にケーキを用意するのも、寒い日用の服と雨の日用のカッパを持っているのも、寝顔をスマホに収めるのも、全部「普通のこと」だと思ってやっている。
研究はそれを裏付けてくれた。つまり僕たちの「親バカ」は、養育本能が正常に機能している証拠だったらしい。なんだか嬉しい。ありがとう、ボイシ州立大学。
ハチの寝る場所は家族会議の議題である
研究には「ペットがどこで寝るかを、家族の大事な問題として考える人が多い」という指摘もあった。
うちはまさにそれだ。ハチが寝る場所は、夫婦にとってわりと大きなテーマになっている。
基本はヨメ氏の横。僕が「こっちおいで」と言っても来ない。たまに来る。その「たまに」が嬉しくて、ハチが僕の横で寝た朝は無条件でいい一日になる。



「そういえば昨日、デカ太郎の方で寝てたね」



「え、気づいてた? …うん、来てた」
嬉しさを隠しきれていない自覚はある。でもこれも養育本能だから仕方がない。科学が証明している。
ハチのマイルールは日々更新されていて、寝る場所のローテーションもその一つ。僕たちはそのルールに従って生活を組み立てているだけだ。
「ペットに生活を合わせている」と言えばそうなんだけど、本人たちはそれが普通だと思っている。
「うちの子」は翻訳しなくていい
アメリカでは職場で「オーナー」に切り替える人が多いらしい。でも日本では、そこまで気を使わなくていい空気がある気がする。
「うちの子がさ〜」と言って、「えっ、お子さんいたっけ?」と聞かれて、「犬」と答える。それで笑いが起きる。誰も怒らない。日本にはもともと、ペットを家族として扱う文化が根づいている。
研究が明らかにしたのは、その感覚が世界共通だということだ。64.8%が「パパ」「ママ」を自称し、愛着スコアは子なしオーナーの方が高い。
「うちの子」と呼ぶのは感傷でもなく依存でもなく、人間としてごく自然な反応だった。



「人間の本能として正しかったって、なんか嬉しくない?」



「別に正しくなくても呼んでたけどね」
たしかに。科学がどう言おうと、ハチはうちの子だ。それだけで十分だった。
同じ部屋で別々のことをしていても喧嘩しないうちの夫婦だけど、ハチの話になると100%一致する。それが「うちの子」の力なのかもしれない。








